D2Cビジネスの台頭

by ACTUS Inc.


 アメリカの消費の主役となっているミレニアル世代(1980年代序盤から2000年代序盤までに生まれた世代)は、生まれたときからインターネットに慣れ親しんでいる年齢層です。実際にこの世代の60%はオンラインでショッピングをする、という結果が出ています。またAmazon.comの存在も、アメリカ人消費者がオンライン・ショッピングに馴染みを持つようになった大きな要因でもあります。結果として、アメリカ市場ではオンライン・ショッピングがすっかり定着し、それに伴って、新しいタイプのビジネスが勢いを強めています。

① D to C Market とは

 アメリカでは近年、ソーシャルネットワークサービスの拡大と共に、D to C(以下D2C) という新たなビジネスモデルが広がりをみせています。D2Cとは、Direct to Consumer (ダイレクト・トゥー・コンスーマー)を略したものであり、B to BやB to Cといった従来の取引形態に新たに加わり、注目を集めています。消者に直接商品を届けるというシステムで、生産者にも消費者にも利点が多いため、その広がりを見せています。

 通常のビジネスモデルだと、生産から消費者の元へ商品が届くまでに卸売り、ディストリビューターを通して店頭に商品が並び、消費者が購入するという形になります。一方、D2Cの場合、消費者が生産会社のウェブサイトを通して商品を注文し、生産された商品は消費者の元へ直接届く仕組みになっています。このため、費用が大きく抑えられます。更に、多くのD2C企業は実店舗も持たないため、店舗にかかる費用や人件費等も抑える事が出来ます。広告も生産元がソーシャルネットワークサービスやその他、独自に消費者へのアプローチを使うため、広告費も抑える事が出来ます。

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 D2Cが広がりをみせた背景には、消費者がオンラインショッピングに慣れ、オンラインで買い物をする消費者が増加したことにも繋がります。Amazon(アマゾン)等を通じてオンラインショッピングをする消費者が増え、多くの企業がオンラインショッピングのサイトを独自で持つようになりました。消費者にとっても、商品が直接家に届く為、持ち帰る作業が減り、更にはアマゾンプライム等を利用すれば翌日に商品が届くというメリットもある為、実際に店舗に足を運び、商品を確認してからオンライン上で購入する消費者が増え、”ショールーミング”と呼ぶようにもなってきています。


② D to C 企業の商品の浸透へのアプローチ

 D2Cが扱う製品は一般的になくてはならない商品のため、競合が大企業である事が多く、消費者へのマインドシェアを高く保つ事が必要不可欠になります。競合の大企業がTVコマーシャルなどで毎年多くの予算を使うのに対して、D2C企業はソーシャルネットワークサービスを中心にデジタル広告やインフルエンサーを巧みに使い、自社のプロモーションをしています。例として、3つのブランドを紹介していきます。


1) Casper (キャスパー)

 キャスパーはニューヨークに本社がありますが、本社のあるニューヨークとロサンゼルスで消費者へのアプローチをはじめました。ニューヨークでは、平日平均550万人以上、休日平均560万人以上が地下鉄を利用しています(MTA2017年調べ、ニューヨーク市内の公共交通機関)。利用者数の多さを利用して、地下鉄内や駅構内で広告を出しています。

ニューヨークの地下鉄の車両内で見かけたキャスパーの広告。ニューヨークの地下鉄はキャスパーを代表に数多くのD2Cブランドの広告が掲載されています。センスの良いビジュアルで訴えかけるようなものや、上記写真のようなクイズ形式でキャッチーな広告など、遊び心があるアメリカらしいものが多いのが特徴です。

ニューヨークの地下鉄の車両内で見かけたキャスパーの広告。ニューヨークの地下鉄はキャスパーを代表に数多くのD2Cブランドの広告が掲載されています。センスの良いビジュアルで訴えかけるようなものや、上記写真のようなクイズ形式でキャッチーな広告など、遊び心があるアメリカらしいものが多いのが特徴です。

 また、一方でロサンゼルスにはサテライトオフィスをおき、ハリウッドで活躍するセレブリティーにインスタグラムやツイッターに写真を投稿してもらい、宣伝をしています。CBインサイトによると、Kylie Jenner(カイリージェンナー、モデル)がインスタグラムをポストしたところ、売り上げが2倍になったと報告されています。

 キャスパーが革新的だったのは、100日以内であれば全額払い戻しの返品を可能にした事です。更に、返却時も家までピックアップする事で、消費者が見たことも触ったこともない商品を購入しやすくしています。また、4階建てのアパートでエレベーターがない住宅が多いニューヨークで、ダンボールに詰める事で家まで運びやすくしたことも大きな話題になりました。

 キャスパーのCEO(最高経営責任者)は、2021年までにアメリカで200店舗のお店を開くと発表しています。実際に購入する前に試してみたいという消費者も多く、現在の実店舗での売り上げがオンラインでの売り上げと同様に良かった点も挙げられています。また、キャスパーはマットレスだけでなく、ベッドフレーム、シーツや枕、更には犬用のマットレスも展開しており、実店舗の方がマットレス以外の商品にも目を向けやすい、という点も実店舗拡大の後押しにもなっているようです。

ボストンにあるキャスパーの店舗の様子。週末には人が溢れる人気のショッピングモールの中に入っています。店内に入ると、一人に一つ枕が渡され、それぞれ違った種類のマットレスが置いてある部屋の中に入って自由に寝転がることができ、従来のマットレス専門店とは全く違い、居心地の良い空間に仕上げられています。

ボストンにあるキャスパーの店舗の様子。週末には人が溢れる人気のショッピングモールの中に入っています。店内に入ると、一人に一つ枕が渡され、それぞれ違った種類のマットレスが置いてある部屋の中に入って自由に寝転がることができ、従来のマットレス専門店とは全く違い、居心地の良い空間に仕上げられています。


2) Warby Parker (ワービー・パーカー)

 ワービー・パーカーは2010年に設立されたメガネ、サングラス等のアイウェアの会社です。現在はキャスパー同様、実店舗がありますが、もともとは実店舗がない、B2C形式で設立されています。2015年にFast Company(ファスト・カンパニーというメディアが発表した、世界で最もイノベーティブな会社の1位を獲得しています。製造している商品は、メガネ、サングラス、アイウェア用のアクセサリーのみですが、現在、メガネでおよそ100種類、サングラスでおよそ50種類のバリエーションで展開しています。

 ワービー・パーカーのサービスとして有名なのが、Home Try-On (ホーム・トライオン)という、初めてワービー・パーカーを利用する消費者に向けて、5種類のメガネまたはサングラスを5日間無料で試せるサービスです。ウェブサイト上で、好きな形や色を5つ選び家で試着することができます。ウェブカメラを利用してバーチャルで試せるサービスもあり、消費者からの支持を得ています。

 また、2017年に始まった、ウェブサイト上での視力検査もワービー・パーカーを大きくした要因の1つになります。アメリカでは医療が高いため、視力検査1回でも約5000円かかります。眼科に行って、視力検査の書類をもらい、メガネを買いに行く、という不便性を、オンライン上での検査し、家から出ることなく、メガネを選び、更に家で試着できるようにしました。

 ワービー・パーカーはミレニアム世代をターゲットにしており、ウェブサイトや商品もポップな印象を演出しています。Home Try-On (ホーム・トライオン)を広める為にも、ソーシャルメディア上でハッシュタグを付けてHome Try-Onを実行してくれている消費者とコミュニケーションをとったり、インフルエンサーとコラボレーションをしてHome Try-On (ホーム・トライオン)を試している様子を撮影したビデオをアップしてもらったりと、デジタルマーケティング戦略に積極的に投資を行っています。消費者に楽しんで試着してもらえるような試みも行っているのも特徴です。その結果、現在40歳未満の顧客のうち、60%がソーシャルネットワークサービスによって購入するまでにたどり着いていると発表されています。2019年6月2日現在、”Warby Parker Home Try On” (ワービー・パーカー ホーム・トライオン)で検索した結果、ユーチューブで204,000件の動画か上げられていることからも、そのデジタルマーケティング力の強さが伺えます。

 キャスパー同様、ショールームを兼ねた実店舗も拡大しています。TVのCMや街中での広告にも力を入れてきており、ターゲット層を広げて益々その勢いを加速させているようです。

ニューヨーク市、マンハッタン内にある店舗の様子

ニューヨーク市、マンハッタン内にある店舗の様子


3) Glossier. (グロッシアー)

 グロッシアーは2010年に創業者であるEmily Weiss(エミリー・ウェイス)が雑誌Vogue(ヴォーグ)でのインターン時代に始めたビューティーブログが発端となっています。彼女のブログが人気になり、そこから彼女自身が2014年にグロッシアーを立ち上げました。肌を大切にするために、パラベンやアルコールフリーで、動物実験をしていないことを特徴としています。近年のオーガニック思考とも重なり、人気に火がつき、現在はニューヨークとロサンゼルスに実店舗も展開しています。

 グロッシアーが設立した当時、コスメ商品をオンライン上で買う人はまだ少なく、デパートやSephora (セフォラ、大手化粧品専門店)などのコスメ専門店で購入する場合が圧倒的でした。コスメの場合、カラーが自分の肌に合うものなのか試したい消費者が多く、オンラインのみでの販売には大きな壁がありました。

 2015年に入って、グロッシアーはオンライン上でのskin tone matcher (スキン・トーン・マッチ)をリリースしました。スキン・トーン・マッチとは、オンライン上での自身の肌の色合いをチェックできるサービスです。自分の写真を撮って画像をアップロードし、自分の肌に合ったカラーを選ぶ、というものでした。デパートのコスメフロアやコスメ専門店に行かなくても家で自分の肌の色に合った商品が選べ、その色が実際に肌の色とマッチすると話題になりバズが起きたことでブランドの人気度が上がると共に、オンライン上での購入が高まったと言われています。

 グロッシアーは実店舗が2店舗存在して、全商品のラインナップが並んでいますが、キャスパーの様に、消費者にお店に来て購入することを促しているのではなく、オシャレで可愛い店舗を写真に撮って、ソーシャルネットワークサービスに投稿してもらうのを目的として作られた側面もあるようです。

 上記の2ブランド同様、ソーシャルメディアにも力をいれており、オシャレな写真を投稿するインスタグラマーを集めアンバサダーに任命し、彼女たちにクーポンや新商品の宣伝を促すなど、人気のインフルエンサーだけではなく、マイクロインフルエンサーを使用したデジタルマーケティング戦略にも長けているブランドです。